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HATコラム

「厳しい指導」と「パワハラ」の線引き:災害救援組織におけるハラスメント対策

兵庫県こころのケアセンター研究主幹 大澤 智子

大澤 智子
人間科学博士・認定臨床心理士
リッチモンドカレッジ、リージェントカレッジ(ロンドン)にて
心理学学士号、カウンセリング心理学修士号取得
大阪大学大学院人間科学研究科にて
人間科学博士号取得後、
兵庫県こころのケアセンター主任研究員就任、
現在同センター研究主幹
日本トラウマティック・ストレス学会副会長
総務省消防庁緊急時メンタルサポートチームメンバー

災害救援組織で昨今、目を向けざるを得なくなってきたのが「ハラスメント」の問題だ。現職についてから災害救援組織におけるメンタルヘルスや惨事ストレスの予防に携わってきた。当初、惨事ストレスについて話せる講師は少なく(実情は今もそれほど変わってはいないが)、講演依頼の多くは惨事ストレスに関するものだった。ところが、現場担当者と話をすると、実際に困っているのは精神的な問題から休職した(あるいはしそうな)職員への対応であることが分かり、その後、メンタルヘルス全般に関する講演依頼が急増した。そして、ここ数年、「職場いじめや嫌がらせ」「パワハラ」の相談を受けることが増えた。

市民、仲間、自分の命を守るためには「少々厳しい訓練や指導はやむなし」というのが長年の認識だった。ところが、社会は急速に変化している。学校教育において教師の体罰はご法度になり、家庭においても子どもを叩くことは影を潜めるようになった。民間企業においては、セクハラ、パワハラだけではなく、モラハラ、マタハラ、パタハラ(育休取得をする父親に対する嫌がらせ)なども加わり、社会の目は日に日に厳しくなっている。

今、現場で何が起こっているのか。これまで誰にも注意されることなく行ってきた「指導方法」がある日突然「ハラスメント行為」として罰則の対象になるのだ。「被害」を受けた職員が職場に来られなくなるだけではなく、「加害者」と名指しされた職員も出勤できなくなる。しかし、どこからが「適切な指導」でどこからが「パワハラ」なのか、グレーゾーンは広く、線引きは不可能だ。平成26年度に行った消防職員を対象にした調査においても、多くの対象者はハラスメント事例を適切に見極めているものの、訓練や現場活動となると「厳しい指導は致し方ない」と理由付ける傾向が高いことが分かった。

その上、ここ数年で災害救援組織は大幅な若返りを経験している。10年以上前、職員の平均年齢は40代前半だった。しかし、団塊の世代の大量退職に伴い大勢の若者を採用したことにより、平均年齢が10歳ほど若返った組織は少なくない。職員の分布も20代が多く、指導役の30代後半から40代前半が少なく、50代後半が少し増える、というM字型になっている。このことが意味するのは、短期間で若手職員を育成しなければならない、という現場の現実だ。そんなところで「ハラスメントはいけない」と言うのは正論ではあるが、問題の解決にはならない。また、指導する側が守られない環境で適切な職員の育成など望めない。

では、何が必要なのか。まずは組織がハラスメントに対する態度を正式に表明すること。次いで、ハラスメントが疑われた際に取られる手続きと罰則規定を明文化し、職員へ周知すること。そして、何よりも大切なのは指導役の職員が「指導スキル」を習得できる環境を整えることだ。指導するには「教える技術」が不可欠だ。現場で素晴らしい活動ができるからといって、その行為を誰かに教えることができるとは限らない。教える際のポイントは、相手の習得レベル(何ができて、何ができないのか)を把握すること、できていない部分の改善点を具体的に相手が理解できるように説明できること、できている部分はその行為が継続できるように認め、褒めること、などがある。

そして、災害救援組織でよく聞かれる「根性」という概念はこれまでとは違う捉え方をしなければならないようだ。最近話題の書籍「Grit やり抜く力」(アンジェラ・ダックワース著 神崎朗子訳)によると、困難な状況を克服、あるいは高い目標を達成できるか否かは才能や能力ではなく、やり抜く力を備えているかどうかにかかっているというのだ。その上、根性、つまり「あきらめず、やり抜く力」は誰にでも備わっているわけではなく、また、やり抜く力が発揮されるのは「本人にとって興味があること」でなければならない。ここに指導者の腕の見せ所がある。その訓練や活動が本人にとって意義ある興味の対象となるような工夫が求められるからだ。

個々人のニーズに沿った対応をするにはそれ相応の経験と技術が必要に思える。しかし、確実に言えるのは相手と会話がなければどうにもならない、ということだろう。そのためには、まず相手を観察し、たとえどれだけ些細なことでもうまくできていることを認め、褒める。そんなやりとりの積み重ねが会話になり、人間関係の礎になるはずだ。全国の部下を持つ上司や先輩のみなさん、まず、褒めることを意識してください。