• 研究戦略センター
  • 人と防災未来センター
  • こころのケアセンター

HATコラム

研究するということ~研究課題設定には生みの苦しみが~

人と防災未来センター上級研究員 中川 一

中川 一
人と防災未来センター上級研究員


1955年生まれ
京都大学大学院工学研究科修士課程交通土木工学専攻修了
(工学博士)
京都大学防災研究所流域災害研究センター教授
(公財)ひょうご震災記念21世紀研究機構
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター上級研究員

き研究者の皆さんに少しでも参考になればと思い、自己紹介を兼ねて、私が若い頃に取り組んできた研究についてご紹介したいと思います。

私は1981年に京都大学の修士課程を修了し、直ちに京都大学防災研究所砂防研究部門の助手に採用されました。卒論、修論では密度流を研究し、流体力学の基礎を先生方から鍛えられました。しかし、この研究テーマは防災研究所が持つ明確なミッションである「防災」とは少し隔たりがあったため、このテーマを続けるのは難しく、どのような研究テーマでやっていこうかと考えて1年が経過した82年に、 10年の時限付きで新たに設置された耐水システム研究部門の助手に異動することになりました。この部門はハード対策とソフト対策の両方から水害の防止・軽減を図ることをうたって設置された当時としては大変ユニークな研究部門でした。

具体的にどのような研究をするのか全く分からないまま異動した私に、ある日、この部門の教授となられた高橋保先生から、「中川君、この部門では君に○○や○○のことを研究してほしいと思っている」と、研究課題がいくつか書かれたメモを手渡されました。10年という時限がある部門で着実に成果を出し、その成果を証左として10年後には次の新たな部門を要求できるような内容のある研究成果が出せる課題を考えられたのです。その時、高橋先生は「研究課題が設定できれば研究は半分できたようなものだよ。それくらい、研究課題を設定するのは重要なことなんだ」とおっしゃったのを今でもはっきりと覚えています。そしてそれは私が2001年に教授になった時に研究室の研究課題を設定する際に生みの苦しみを身をもって味わいました。

私に与えられた研究課題は、氾濫解析を利用した洪水危険度評価に関する研究で、当時はほとんど氾濫解析はなされていませんでした。まずは、破堤氾濫の水理模型実験を行い、実験結果を再現し得る数値シミュレーション手法の開発を手掛けました。破堤氾濫すると家屋流失の危険性が生じます。そこで、木造家屋の流失危険度に関する研究にも着手しました。2015年には国交省から家屋流失危険範囲をハザードマップに記載するなど、水防災意識社会再構築ビジョンが出され、まさに当時研究テーマとして取り組んだ内容が今取り入れられたわけです。次いで、破堤氾濫すると土砂も堤内地に流入し、氾濫・堆積して被害が大きくなります。そこで、破堤氾濫に伴う堤内地での地形変動に関する研究も始めました。当時、洪水氾濫による被害額の算定は、治水経済調査要綱に基づいて行われていました。これは、その場の地形勾配(流速に関係)と、浸水深、土砂堆積厚で一般資産の直接被害の被害率を定めたものです。洪水氾濫解析ではメッシュごとに流速、浸水深、土砂堆積厚が求まり、住宅や営業所のメッシュデータを用いてメッシュごとの被害額が算定でき、これを合計すれば氾濫域の一般資産被害額が計算できます。このようにして、洪水氾濫による被害額の予測手法を開発しました。現在、この方法で治水対策の便益(治水事業により氾濫被害を軽減できる額)が求められ、費用対効果を評価する手法として一般的に利用されています。

一般資産の直接被害だけでなく洪水氾濫解析で人的被害の予測はできないか、ということを思い付きましたが、住民は洪水氾濫が起こったらじっとしてはおらず避難します。これまでは水害の種類別に浸水深と死者数との相関関係から死者数を評価するという統計的な手法がほとんどでした。そこで、洪水氾濫水の挙動と住民の避難行動とをリンクさせた解析を、避難指示の発令が種々のタイミングで出された場合に、どのような条件であれば住民が避難地に無事に避難できるか、といったことを検討しました。この研究はその後、土石流を対象とした研究で、高性能コンピュータに搭載したGIS(地理情報システム)で避難ネットワークを構築し、避難行動の解析をしつつ、避難行動の様子をGISで動的に表示するシステムへと進化させました。

そして、土石流などの土砂災害についても同様の研究をし、約10年かけて行った研究成果をまとめて学位論文を作成し、工学博士の学位を取得しました。今から約30年前のことです。その後、水制、堤防、流木、河川環境等の課題にチャレンジしています。研究員の皆さんの多くは博士の学位をお持ちだと思います。学位論文で取り組んだことと大きく異なる分野で専門性を高めてくださることを望みます。その際、きっと生みの苦しみを経験されるでしょう。

研究で一番重要なことはオリジナリティーだと思います。災害現場や実験・観測で、今までとは違う何か別の大事なこと、これまで取り組まれていないこと、重要なのは分かっているけれども難しいので無視されてきたこと、今までの方法だと何か不合理さを感じるようなこと、何でもいいので、そのようなことを研究課題に取り上げ、徹底的に具体的な取り組み方を整理し、研究計画を立て、期待し得る成果をイメージして研究に取り組んでほしいと思います。そうすると、次から次へと新しい研究テーマが派生的に出てきます。そして、そのどれもが新鮮でみずみずしい研究となるでしょう。安易に研究計画を立てず、生みの苦しみを経てください。そうして得た研究課題には自信を持って取り組めると思います。研究員の皆さんの今後のご活躍を心より期待しています。